太平洋を挟んで東通村を想う 〜佐々木航先生からの便り・後編〜

いろいろ

(特別編:2012年から2022年まで東通村診療所、白糠診療所でご活躍された佐々木航先生からの寄稿、後編です)

【オレゴン州ポートランド】
次に2022年10月から滞在していたオレゴン州についてお話しします。オレゴン州はシアトルのあるワシントン州の南、ロサンゼルスなどがあるカルフォルニア州の北に位置しています。北海道の稚内 (わっかない) と同じくらいの緯度です。オレゴン州の中で最も人口の大きい都市がポートランド (Portland) で、私は市内のオレゴン健康科学大学 (Oregon Health & Science University, OHSU)に在籍し、1年間研究活動を行っておりました。


↑入院棟(右)と外来棟(左)はロープウェイで繋がっている

【激動のポートランド】
実は私がポートランドを訪れたのは2回目で、前回訪問した2018年の時は、公共交通機関が発達し、緑豊かで、多様な人種が集い、自分で工作や料理したものを気軽に露店で売ったりなど、私はこの自由な空気に感銘を受けました。しかし4年半の間にポートランドは大きく変わってしまいました。コロナ禍、地価の高騰、麻薬依存などによりホームレスが急増し、中心街を歩けば路上生活者のテントにぶつからないよう常に気を配らなければなりませんでした。もしここが東通村なら、すぐに路上生活の人々に住居、食料、医療を提供すべくスタッフを派遣したり往診するはずですが、アメリカには国民皆保険制度がないため、全員にすぐにサービスを提供することはできません。ボランティアの団体は積極的に路上生活者に援助しており、OHSUの先生方も健康の不平等について真剣に議論しているものの、ポートランド市全体で行動を起こせているようには見えませんでした。「地域全体に責任を持つ」という東通村診療所の思想に染まった私は、ホームレスで溢れた中心街を見て罪悪感を持ってしまいました。

【東オレゴンに東通村の蜃気楼を見た】
一方で、私が4月に訪問した、アイダホ州にほど近いエンタープライズ (Enterprise) にある診療所では、東通村診療所にいるような錯覚を持ちました。この診療所では、退院時に退院後の受診、食事、服薬をどのように支援していくか、医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなど多職種で議論していました。車で移動できない人達のために、各集落に仮設の診療所を設置し出張診療を行い、受診が途絶えた人達にもスタッフを派遣して困ったことがないか聞き取っていました。また、食品と福祉用具 (車椅子など) の寄付を募り、診療所が困窮している人々を特定し、彼らに支援物資を配りつつ、健康状態を把握していました。地域全体の健康を支えるために努力しているエンタープライズの診療所と、東通村診療所には多くの共通点があるように思えました。しかし、「国民皆保険がないというハンデ」を乗り越えて活動しているエンタープライズの診療所は、東通村診療所より一歩先を進んでいるのかもしれません。


↑診療所の包括ケアチーム


↑古民家を買い取り仮設診療所としている

【へき地で働く医師に焦点を当てた研究】
移動時間にして互いに20時間以上離れた東通村診療所とエンタープライズが、実は同じような医療を志し、提供していたというのは私にとって新鮮な驚きでした。へき地で働いている医師は国が違っても同じような意見や仕事のスタイルを持っているのではないかと考え、「へき地で働く医師」を対象とした研究を始めました。日本とオレゴン州のそれぞれで、へき地に相当する地域にある診療所に勤める医師に、仕事内容・勤務と生活についてどう考えているか・へき地で働いて良かったと思っているかなどを問うアンケートを行いました。現在は回答を分析している途中ですが、「へき地の医療は辛い部分もあるが、それを上回る魅力がある」という最終結果になることを期待しながら解析を進めています。

【最後に】
2023年9月に帰国し、10月からは新潟県にある「今泉記念館 ゆきあかり診療所」に赴任します。11年ぶりに別の医療機関に所属することになり、新たな環境に適応できるか少し不安がありますが、東通村で学んだ地域医療の心得を忘れずに、今後も頑張って参ります。

(医師:佐々木 航)

コメント

タイトルとURLをコピーしました